隠れた劣性遺伝の形質が出現する仕組みと確率

 植物を交配すると、その子株の葉や花などに雑種第1代ですぐに現れてくる形質と1代では現れてこない形質があることが分かる。これが優性遺伝と劣性遺伝である。
 遺伝の法則で有名なのが、メンデルの法則である。性染色体は2個の遺伝子が対をなしている。新しい生命を生み出す際は遺伝子が減数分裂をし、両親の遺伝子のどちらか片方ずつを受け継いだ新しい組み合わせの子ができる。子孫にどういう形質が現れるかは、遺伝子の組み合わせと、組み合わされた遺伝子が優性か劣性かによって決まってくる、というものである。
 仮に、通常花の斑紋遺伝子をAA、紅一点花の遺伝子をaaで表すと、雑種第1代(F1)ではAaという遺伝子の子ばかりが生まれる。この場合には全て優性である通常花ばかりが出現する。当然のことながら、一般に並花といわれている花は優性(優れた形質という意味ではない)の遺伝子の形質を表していると考えてよいだろう。
 多くの趣味家は、珍しく変わったものを求める。このことは、つまり劣性の遺伝子の形質を追い求めていると考えてよい。
 さて、雑種第1代のAa同士を交配すると、確率的にはその子はAA、Aa、aA、aaのそれぞれが各1:1:1:1の割合で出現することになる。AaもaAも遺伝子的には同様であるため、AAとAa、aA(優性の遺伝子Aを含んでいる)は並花を咲かせ、aaのみが紅一点花を咲かせることになる。したがって、単純な確率論で言えば、紅一点花の血が半分入った兄弟交配を行うと雑種第2代目で紅一点花の出る確率は4分の1になる。

劣性の遺伝子とは・・・

 では具体的にどのような形質が劣性遺伝なのだろうか。
上記のことを考えると明らかであるが、劣性遺伝の形質が紅一点などの具体的な形で目に見えるのは遺伝子が劣性ばかりの組み合わせであるaaの形になったときのみである。したがって、紅一点花同士の交配では、原則的には全ての花がaaの遺伝子、つまり紅一点花となる。自然界では万に一つの花でも、人工交配を行えば理論上、劣性の花が100%出現するという、不思議な結果となるのである。
 逆に言うと、見かけ上は通常花であっても、劣性の遺伝子を隠し持つ花を交配に用いた場合は、親とは違う思いがけない花を咲かせる可能性があるということにもなる。
 劣性遺伝と思われる形質、つまり通常花以外で同系統の交配をした結果100%親の形質を出現させる花は、これまでの経験則から、同系統の純白花、純白紫点花、紅一点花、二点花(二点花が紅一点花の細くなったものと考えれば100%出現するはずだが、交配親によっては一部先祖帰りして並花に戻るものが出てくる。)、絣点花(月輪、不二絣、月世界他)、全染め無点花(桃源、熊野の光他)、姫蛍などの兜咲き種などがそのようである。もちろんこのほかの形質でも、完全な劣性遺伝の形質は多数あると思われるが、確認ができていない。

単純に行かないのが交配

 さて、実際に交配をすると、前述のメンデルの法則のように単純にはいかない。例えば、片親に「大仁王」のような大輪花を用いた交配では受粉木に使っても花粉木に使っても雑種第1代で、わずかな確率であるが大輪花が発生する。通常花が優性であれば、雑種第1代ですべてに通常花が咲くはずである。にもかかわらず、一部に劣性と思われる形質(大輪花)が出現するのである。
 雑種第1代で出現する形質が優性であるとすれば、この大輪のようにポツリポツリと発生する形質を仮に「気まぐれ優性」と呼んではどうだろうか。
 斑入り品種の中で、特に縞斑のものには、こういった傾向が見られると聞く。なお、まったく斑が入っていない品種同士の交配からも、ごくわずかに斑入り品種ができることがあるので、あるいは、潜在的にどの品種にも斑を生む遺伝子が入っているのかもしれない。
 こう考えると、実は並花の中にも大輪花を生む血が劣性の形でわずかに入っていて、それが大輪花と交配した際、出現する可能性もある。「気まぐれ優性」などというのは実は存在しない、と言われればそうなのかもしれない。
 理論上はともかく、品種や形質によって、雑種第1代ですぐに結果を出す品種があるということである。こうしたわずかに出現する形質が雑種第1代で得られれば、交配をする上で大きな励みになる。例えば、大輪で紅一点花という2芸品を作出する際、まったくの並花を使うよりF1で得られた大輪花を使うほうがはるかに有効だからである。

純白花は分からない。

 純白花(一見純白花に見えるタイプを含む)は、純白花同士を交配しても、品種(系統)によってはまったく白の子を産まないものがある。ただし、そうしたものでもセルフ交配では親と同じ形質を出すらしい。あるいは、並花が純白花に到達(進化?)する道筋に複数のルートが存在するのかも知れない。そうであれば、別のルートを通って白花になるもの(白花になる遺伝子の部分が別々である品種)を交配しても雑種第1代では結果が出ないこともあり得る。
 流通している純白花の中で、白に咲かせる力が強い品種には「白雪姫」があり、円弁に咲かせる力が強い品種には「学宝」がある。また、純白円弁を出そうとすると両種の相性は非常にいい。今一般に出回っている純白円弁花の多くは、学宝と白雪姫の交配またはその子孫と考えてよいのではないだろうか。
 「学宝」の円弁に咲かせる力は、通常の円弁花よりはるかに強いかもしれない。一枚舌にする血も、弱いが隠し持っている。ただし、やや暑がるため、作りにくいのが欠点であり、交配の相手の強健さにもよるが、作りにくさは子にも遺伝するようだ。

白紫点と純白花を交配すると・・・

 純白花と純白紫点花を交配すると、紫点がつくかどうかは別にしてどう考えても白い花が咲きそうな気がする。ところがやってみてわかることだが、意外にも並花が咲くのである。もちろん淡色花は出るが、白紫点を交配するとどんな花と交配しても雑種第1代ではほとんどが淡色花となるので、純白花と交配した意味はないように見える。
 純白花は舌の紫点まで白くしている。花弁に紫点が出る時には、花弁も着色するように連動しているのだろう。純白花から見れば「白紫点は白ではない。」のだ。いずれにせよ、同じルートを通って白や白紫点にならなければ、雑種第1代では一旦は並花になるのは事実である。

紅一点花同士の交配で、純白花が咲いた?

 考えにくいことであるが、紅一点花同士の交配で純白花が咲いたというのである。もちろん「そんな花が混じった。」というのが正確なのだが・・・。
 「うそ」、と思われるだろう。先ほど「理論上、紅一点花同士の交配は、すべて紅一点花になる。」と書いているではないか。
 実は、立派な紅一点花が咲いているはずなのである。なぜ、紅一点花が紅一点花に見えないのか。
 くり返しになるが、両親が紅一点花なのだから、その子は紅一点を咲かせる劣性の遺伝子をaaの形で受け継いでいることは確実である。しかしそれとは別に、両親とも純白の遺伝子(仮にbとする)を隠し持っていたとしたらどうだろう。
 隠し持つということは、Bb(Bは着色遺伝子)の形である。
 その子には、先ほどの紅一点花の説明同様、BB:Bb:bB:bbの遺伝子が1:1:1:1の割合で現れる。Bが一つ以上含まれている場合には、着色花が咲くのでBB、Bb、bBは花弁が着色し紅一点花となる。残りのbbのみが純白花である。
 つまり、この純白花は純白花であると共に紅一点花でもある「隠れ2芸品」なのだ。
 純白花になってしまえば、紅一点花も絣点花も無点花も、濃色花でさえも、ただの白花にしか見えない。だから、「紅一点花同士の交配から純白花が咲いた。」ということが、理屈の上で成立する。
 突然変異で発生した「アルビノ」の純白花は、淡色花や淡色無点花の延長線上に発生・存在するのではないのである。
 なお、ここから先は蛇足だが、先ほどの隠れ2芸品の純白花と紅一点花を交配すると、当然その子には紅一点花が生まれる筈である。
そんな必要を感じないので、こんなことする人はいないだろうが。
しかし何も知らずに、純白花と紅一点花を交配して、紅一点花が出たとしたら、おそらくびっくりすることだろう。

中抜け無点の面白さ

 「名月」という中抜け無点がある。中抜け無点とは私の造語で、花弁が全体に着色する全面無点(熊野の光や桃源など)に対し、紫点が入るべき位置が着色せず白く抜ける品種を指しているのだが、そうした花は、もう一方の親の紅点を映す形質があるらしい。雑種第一代でも劣勢の紅点の形(絣点など)を出現させるらしいのである。
 遺伝子の一部には紅点の形を決定する部分が含まれているはずだ。しかし、無点にはその部分が欠落している。したがって、本来劣性の遺伝子では、両方の遺伝子が共に劣性のaaの形でなければ劣性の形質を表現しないところを、a−(−はその遺伝子が欠落しているという意味)の形でも、劣性の遺伝子の形質を表すということなのではないだろうか。
 下手な推測はさておき、要は劣性の遺伝子同士を交配した場合でも、劣性の中でも相対的な強弱があり、強いほうの形質が現われ、より劣性の遺伝子のほうが隠れてしまうのだろう。
 特異な一例として、草友の四条斑紋花と中抜け無点系の交配の中から、想像すら困難であるが、特有のぼかし四条棒点をもつ私の大好きな花が作出されている。
 あるいは、無点花の中には紅点をぼかす血を持ったものがあるのかもしれない。

2芸品作出の確率とそれに要する時間

 ドリーム・シードさんがすばらしい大輪紅一点花や霧点付き大輪紅一点花などの多芸品を発表されている。こうした品種の出現の割合や作出に要する時間はどの程度だろうか。
 大輪という、雑種第1代で気まぐれのように出てくる形質を除けば、次のような確率が考えられる。
例えば円弁の白紫点を作るとしよう。まず、両方の遺伝子を得るために、円弁花と白紫点を交配する。円弁と白紫点の両方の形質がそれぞれ劣性であると仮定すれば、雑種第1代ではすべて並花(実際には円弁花が混じることがある)が出ることになる。
次に、その並花同士を兄弟交配すると理論上、円弁花が4本に1本、純白紫点花が4本に1本の確率で出現する。円弁と白紫点の両方を併せ持つ確率は4分の1×4分の1、つまり16本に1本である。
 次に作出に要する年数はどうか。仮に平成17年春に交配したとすると、瓶に種をまくのは、未熟種子の場合その年の夏から秋頃にかけて。それが発芽するのが平成18年の5〜6月頃。イワチドリの場合、この1年目の苗がウチョウランに比べて格段に小さい。その年内か翌年早くに1回目の移植をする。種まき後2年目の平成19年には、イワチドリは旺盛に成長し大きくなる。順調に行けば、3年目の平成20年の早春、瓶から鉢に球根を植え込むが、まずその年には開花しない。あまり小さいものはもう一度瓶から瓶に移植することになる。順調に3年目に鉢植えしたものは、そのほとんどが4年目の平成21年に初めて花を見せてくれる。これが雑種第1代を得るために要する時間である。
 セルフ交配や、同系統の品種同士の交配ならこれで終了だが、雑種第2代目を得ようとすれば、さらにこれを繰り返すことになる。
 しかも別系統の交配では、いくら良い親を使っても雑種第1代はほとんどが並花になるのである。
 なお、以上の年数は私が特段の加温設備を持たず、ホルモン剤の処理等専門的な操作をしていない通常の無菌培養に要する年数である。
 いずれにせよ、新品種の作出は結構大変なのである。
平成16年春、ようやくイワチドリにも純白紅一点花が出現したが、究極の夢の花「大輪純白紅一点花」など3芸品の作出を狙おうとすると、まだまだ長い時間が必要になろう。

※最後の記事の内容に、一部既存の記事の内容と重複した部分がありますことをお詫びします。